「絶対に人を傷つけない」は不可能 ― 2017/11/13 14:22

(昨日の続きかも)
あさって部じゃなかった、アサーティブ
もしくは朝シャンじゃなく、アサーション
もしくは朝シャンじゃなく、アサーション
アサーション、アサーティブ
「自分も最近聞いたよ」とか
前回ブログの反響がとても良いんです。
僕自身、少し前まで
なにこれアヤシイ?宗教?
みたいに思ってたのに
思わぬところで話題がシンクロしたり。
思わぬところで話題がシンクロしたり。
きてますねー。
アサーションって
非主張の人には「気付き」になるけれど
攻撃型の人が変わろうとしないと
アサーティブな関係って築けないんじゃない?
攻撃型の人が変わろうとしないと
アサーティブな関係って築けないんじゃない?
それはその通りかも。
「だからどうする?しない?」と聞かれると
それも違うかなあ。
理想論に聞こえるかもしれないけれど
続けていればいつか気付くかもしれない。
理想論に聞こえるかもしれないけれど
続けていればいつか気付くかもしれない。
自分の経験だけどね。
「思ったことを言えなかった」
自分は非主張と思っていたら
他の人から見たら攻撃型だったとか
そういうことがあるんですね。
他の人から見たら攻撃型だったとか
そういうことがあるんですね。
(親しい仲だからこの程度はOKだろう)
そう思って強く出てしまった結果
相手にしてみれば
(相手はOKでも自分はOKじゃない)になってしまう。
そう思って強く出てしまった結果
相手にしてみれば
(相手はOKでも自分はOKじゃない)になってしまう。
アサーションの達成度って
自分で判断するのはむずかしそう。
自分で判断するのはむずかしそう。
「絶対に人を傷つけない」は不可能
人を傷つけない配慮はもちろん必要だけど、現実にはいくら気をつけても人を傷つけてしまうことはある。
傷つけてしまったら「そんなつもりはなかった」と自己弁護したり、相手の方が悪いような言い方をせず、相手が傷ついたことを認めるのが大切。
一方、自分が傷ついたときは相手を責めず、穏やかにそのことを伝え、「自分はこのことに傷ついたんだよ」ということをわかってもらって、今後の配慮をお願いする。
平木典子さんの「アサーション入門」講談社現代新書より。
沁みる。
これがアサーティブなやり取り。
かくありたいと思います。自戒。


